2001.3.9

子供について その1

◆父親誕生

 子供は可愛い。が、可愛いだけでもない。

 私はフリーランスでWebコンテンツ・マルチメディアコンテンツの制作を中心に、基本的に自宅で仕事をしている(仕事ください)。なので、暇なときはかなり、忙しいときでもそれなりに時間をやりくりして子供たちと接している。平均的な世の父親と較べるとズバ抜けて子供とのコミュニケーション時間は長いと思う。ということで、今回は私が子供について思うことを気のおもむくまま書いてみようと思う。

 私が父親というものになったのは1997年の3月である。
 最初の子は出産予定日の1ヶ月半ほど前に生まれてきそうになった。切迫早産というらしい。そのまま生まれてきても平気といえば平気だったのであろうが、もう少し母親の胎内で成長した方がよいということで、家内は産婦人科に入院し、陣痛をおさえる薬をその日から点滴で入れ始めた。様子を見て陣痛が落ち着くようなら割合すぐ退院できるはずだったのだが、結果的には約3週間ほど入院し、もう生まれてもOKという時期になって一旦退院した。
 どの道出産時にまた入院するのだから、そのまま出産まで続けて入院していればよいという考えもあるが、入院が急だったので家でやっておくべきことをやっておいたり、出産後に必要なものをチェックして揃えておいたり、あるいは久しぶりにゆっくり入浴したりと家にいればしておきたいことは色々あったので一旦退院したのである。

 それでも、点滴をやめると程なく陣痛が始まり退院後わずか2日目で再入院&出産になった。  
 私はそれまで、「子供」というものがとりたてて好きなわけではなかった。なんというか、「酔っぱらい」と行動が変わらないと思うのだ。急に泣いたり怒ったり、何度も同じことを繰り返したり、大声出したり、しかも理屈が通じない等など。ところがどういうわけなのだろう。自分に子供ができると世の中の子供がみんなカワイク思えるようになっていった。
 仕事の後、電話で無事女の子が産まれたことを聞き、娘との初の対面(というか、寝ているところを見ただけだが)である。

 私は生まれたばかりの新生児を見るのがどうやら初めてだった。初めて見た「新生児」というのは、自分のイメージの中の「赤ん坊」とは全く別物で一種衝撃的であった。なんというか、思っていたよりもひたすら小さく、弱々しく、なまなましく、汚く(※1)、神々しい(少々大げさだが)ものだったのだ。そしてなによりも「可愛い」という気持ちが沸きおこってくる。  約1週間ほどの入院を経て、家内と娘が帰ってきた。まさに「新しい生活の始まり」という言葉にふさわしい。生活も子供中心になってくるし、日々新しい発見や初めての体験があり、今まで使わなかった部分の脳を使っている気がする。大変刺激的な日々である。
 そうは言っても、夜泣きをはじめとする様々なストレスも当然ある。そういった育児の中でのストレスで私が苦手なのは、子供の病気・怪我である。夜泣きなども毎晩のこととなるとかなりのストレスなのだが、私としては子供の病気・怪我に軍配をあげたい。まったくもって「代われるものなら代わってやりたい」という心境になる。

※1:新生児は出産後数日間は風呂に入れてもらえないので、髪の毛がベタついていて汚らしいのだ。

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